大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1777号 判決

控訴人(反訴原告)

渡辺健治

ほか一名

被控訴人(反訴被告)

長谷川正行

主文

本件控訴および控訴人(反訴原告)らの反訴請求を棄却する。

控訴審での訴訟費用は本訴反訴とも控訴人(反訴原告)らの負担とする。

事実

控訴代理人は、本訴につき「原判決中控訴人(反訴原告以下控訴人という。)敗訴部分を取消す。被控訴人(反訴被告、以下被控訴人という。)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、反訴につき「被控訴人は控訴人渡辺健治に対し金二四八万五七七二円、同渡辺キクに対し金二一二万五七七二円、およびそれぞれにつき昭和四二年九月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を付して支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、本訴につき控訴棄却の判決、反訴につき「控訴人らの反訴請求を棄却する。訴訟費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、つぎに附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(原判決二枚目裏三行目に「一九七」とあるを「一九七一番地先」と訂正する)。

附加する点はつぎのとおりである。

控訴代理人は、抗弁ならびに反訴請求の原因として、

一、本件衝突事故により、控訴人らの三男渡辺忠男(運転者、二六才)は肝臓破裂により即死、五男渡辺研太郎(同乗者、一八才)は脳内出血のため事故当日の午前九時二五分に死亡した。両名には妻子がなく、控訴人らがその共同相続人である。

二、被控訴人は、右事故当時訴外平山照男の運転していた大型ダンプカーを自己のため運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償補償法第三条により右事故に生じた損害を賠償する義務がある。

三、(慰藉料)一挙に二人の息子を失つた控訴人両名の精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、慰藉料額はそれぞれ金二〇〇万円が相当である。

四、(逸失利益)

(イ)  忠男は、死亡当時二六才で、控訴人らとともに田畑二町六反を耕作し、年収七六万五六〇〇円をあげ、その約三分の一に当る金二四万円が忠男の働きによるものであり、また同人は農業の傍ら近くの黒田工務店に勤め平均月収金四万八三〇〇円を得ていたので、本人の生活費月額金二万八三〇〇円を控除した残額は金四万円(年額四八万円)となる。稼働年数を三四年間とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると金九三八万四〇〇〇円を下らない。

(ロ)  研太郎は、死亡当時一八才で、東京都目黒区の有限会社田形工業に勤務し、平均月収金二万四九六二円をえていたので本人の生活費月額金九九六二円を控除した残額は金一万五〇〇〇円(年額一八万円)となる。稼働年数を四二年間とし、前同様に中間利息を控除すると金四〇一万円を下らない。

(ハ)  控訴人らは相続により右(イ)(ロ)の各二分の一(各自金六六九万七〇〇〇円)の被控訴人に対する損害賠償債権を取得した。

五、(葬儀費用)控訴人渡辺健治は忠男と研太郎の葬儀費用として金三〇万円以上を支出した。

六、(弁護士費用)本件請求は本人訴訟をもつては到底不可能であり、控訴人渡辺健治が支出した弁護士費用金三〇万円は右不法行為と相当因果関係のある損害である。

七、(過失相殺)本件衝突事故は、乗用車を運転していた忠男の過失も競合して発生したものであり、その割合は平山が六、忠男が四とするのが相当であるから、右第四ないし第六項に基づく債権は、控訴人渡辺健治が金五五七万八二〇〇円、同渡辺キクが金五二一万八二〇〇円となる。

八、(損益相殺)控訴人らは各自強制保険金三〇〇万円を受領したので、前項の債権額によりこれを差引く。

九、(相殺の抗弁)控訴人両名は、右債権額のうち各金九万二四二八円をもつて相殺の意思表示をする。

一〇、よつて、被控訴人の本訴請求は理由がなく、控訴人両名は反訴により被控訴人に対し右相殺に供した残額およびこれに対する昭和四二年九月一三日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

被控訴代理人は、

右第一、第二項の主張事実を認め、第三ないし第七項の主張事実を争う。本件事故は専ら忠男の過失によるものであり、被控訴人所有の自動車には構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

と述べた。〔証拠略〕

理由

一、つぎの諸事実は当事者間に争いがない。

渡辺忠男は、昭和四二年九月一二日早朝普通乗用自動車を運転して、茨城県稲敷郡江戸崎町大字佐倉一九七一番地先国道一二五号線(通称佐倉街道)上を佐原方面から土浦方面に向けて進行中、反対方向から進行してきた平山照男の運転する被控訴人所有の大型ダンプカー(栃―せ六七〇六)と正面衝突した。

右事故により、渡辺忠男は肝臓破裂により即死し、同人の運転する乗用車に同乗していた渡辺研太郎は脳内出血により同日午前九時二五分死亡し、右大型ダンプカーも破損した。

忠男(二六才)、研太郎(一八才)には妻子がなく、両名の両親である控訴人らが共同して相続した。また、被控訴人は右大型ダンプカーの運行供用者である。

二、〔証拠略〕によれば、つぎの事実が認められ、これを動かすことのできる証拠はない。

本件事故発生時刻は午前五時三〇分頃であり、前夜からの雨がまだやまず、交通量は少なく、事故当時、現場附近には他の車両も歩行者もなかつた。

国道一二五号線は、右現場附近において、幅員九・七五メートル、歩車道の区別なく、アスフアルト舗装で(舗装部分の幅員七・二五メートル、非舗装部分は平山からみて進行方向右側〇・六メートル左側〇・九メートル)、車両通行帯は設けられてなく、平山の側からみて右にゆるく湾曲しており、湾曲部分だけがやや下り勾配で衝突地点手前附近で見通しは七〇メートル位である。

平山は大型ダンプカー(いすず六六年式、最大積載量一〇トン、車幅約二メートル、当時砂利を満載)を運転し、毎時約五〇キロメートルの速さで事故現場附近にさしかかつたとき、前方六〇メートル余のところを対向してくる渡辺忠男運転の普通乗用車(トヨペツト六三年式、茨五す八六五三号)を発見した。

平山は同じ速さで道路中央より左側部分を右よりに進行したところ、忠男は間隔約三〇メートルに近づくまでは同人からみて道路中央より左側部分を毎時六〇キロメートルをかなりこえる高速で進行してきたが、別段運転上の不安定さも認められなかつたにも拘わらず、この附近から道路の湾曲に順応しないで急にそのままの速度で道路の中央(仮舗装のためセンターラインの標示はなかつた)をこえて平山の進路に入つてきたので、平山は驚き急制動の措置をとろうとしたが及ばず、同人の運転するダンプカーは、車体が完全に中央をこえて道路中央より右側(平山からは左側)部分に入つてしまつて進行する態勢になつた忠男運転の乗用車と正面衝突し、同車を二〇メートル位押し返して停車した。

三、右認定の事実によれば、本件事故は、渡辺忠男が左方に湾曲し、路面の濡れたアスフアルト舗装の道路を進行するにあたり、道路中央より右側部分に入らないような安全な速度と方法で運転する義務があるにもかかわらず、これを怠り急に大きく右側部分に入つたために発生したもので、同人の過失によることは明白である。

控訴人らは平山が前方注視義務を怠つたと主張するが、これを認めうる証拠はなく、また右認定の事実によれば同人が対向車発見後直ちに避譲の緊急措置をとる義務があつたものとも認められない。しかしながら、平山は道路の左側によつて通行すべきにも拘わらず、道路の左側部分を右よりに中央近くを進行していたものであり、これにより避譲を一層難しくしかつ事故をより大きくしたものであつて、同人にも右過失による責任があるものというべく、事故による損害を賠償すべき額を定めるについては、両名の右過失を斟酌して忠男側四、平山側一とするのが相当である。

四、〔証拠略〕によれば、被控訴人所有の大型ダンプカーは本件事故により破損して金四三万九七九〇円の修理費を要する損害を受けたことが認められる。

五、〔証拠略〕によれば、被控訴人は、右ダンプカーを宇都宮市から成田市まで一日一回砂利の運搬に使用していたものであるが、昭和四二年九月一三日から同年一〇月三日まで事故による修理のため使用できず、篠崎建材に右砂利の運搬を依頼し、その料金として少くとも金一九万二三七〇円(一八回分)を支出したことが認められるが、右各証拠中被控訴人のその余の主張に対応する部分は原審証人平山照男の証言に照し合わせて代車使用料とは認め難く、他に右主張事実を認めることのできる証拠はない。

六、右第四、第五項の損害額を合計すると金六三万二一六〇円となるが、前記平山の過失を斟酌すると、忠男に対しその五分の四に当る金五〇万五七二八円の損害賠償債権を取得したことになる。しかしながら、被控訴人が訴外安田火災海上保険株式会社から保険金二三万三八四八円の支払を受けたことは、当事者間に争いがなく、同社が右金額の限度で損害賠償債権につき被控訴人に代位するから、これを差引くと被控訴人の請求しうる額は金二七万一八八〇円となり、控訴人らは各自その二分の一にあたる金一三万五九四〇円の債務を相続により承継したものといわなければならない。

七、つぎに控訴人らが取得した損害賠償債権の額につき判断する。

控訴人らの損害に関する主張が、慰藉料に関する点を除きすべて認められるとすれば、控訴人渡辺健治の分として金七二九万七〇〇〇円、同渡辺キクの分として金六六九万七〇〇〇円となるべきところ、前記の割合により忠男の過失を斟酌すれば各自の債権額はそれぞれ五分の一にあたる金一四五万九四〇〇円および金一三三万九四〇〇円となる。

〔証拠略〕によれば、本件事故当時、控訴人ら夫(六五才)妻(六一才)はすでに老令で、成長した二子を一挙に失い、働き手を失つて農業経営にも困り東京で職についていた四男渡辺安夫を呼び戻すなど、相当の精神的苦痛を受けたことが認められるが、忠男の前記過失を斟酌すれば右慰藉料額は各自金一〇〇万円をこえないものと認めるのが相当である。

しかるに、控訴人らはすでに各自強制保険金三〇〇万円を受領したことを自認するので、控訴人らの前記債権額につきさらに検討するまでもなく、本件事故により被控訴人に対し損害賠償債権を有しないことは明かである。

八、よつて、控訴人らの相殺の抗弁および反訴請求はいずれも理由がなく、被控訴人は控訴人らに対し前記のとおり原審認容額を優にこえる損害賠償債権およびこれに対する不法行為の後である昭和四二年九月一三日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金債権を有するから、原判決は結局正当で本件控訴は理由がない。本件控訴ならびに控訴人らの反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鰍沢健三 土肥原光圀 仁分百合人)

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